「買い物をしても、なんだか心が満たされない。」
そんな違和感を感じながらも、私は何年ものあいだ、“物を買う”ことで心のバランスを取っていたのかもしれません。
今回の記事では、そんな私が“ミニマリスト”の暮らしにたどりついたきっかけと、その過程で感じた気持ちの変化について、お話ししたいと思います。
きっかけは「見栄」から始まった買い物生活
30代後半から40代にかけて、子どもたちを通じて親同士のつきあいが増えました。
特にスポーツ少年団の親の会の代表になった頃から、周囲との付き合いのなかで、どこか見栄を張ってしまう自分がいました。
他の家庭の親が「うちはこんな体験をさせてる」「あの大会にも出たんだよ」なんて話していると、なぜか焦りやプレッシャーを感じてしまう。気づけば、「うちも負けてられない」とばかりに、習い事を増やしたり、子どもの持ち物に気を遣ったりしていました。
親同士のちょっとしたプレゼントのやりとり、行事の差し入れなど、どれも「本音ではいらないのに、気を使って用意しなきゃいけない」ことばかり。
その裏にあったのは、「嫌われたくない」「うちの子が浮いてしまわないように」という、自分自身の不安だったのだと今は思います。
通販依存。「ポチッと」で満たされるはずだった気持ち
そうして、気づけばストレスのはけ口は「通販」になっていました。
ネットで簡単に買い物ができる時代。
外に出る時間もなく、誰にも会わずに欲しいものが手に入る——これって、すごく便利で、しかも気軽なんですよね。
「これがあれば毎日の料理がラクになりそう」
「こんな可愛いバッグ、きっと気分が上がるはず!」
「雑誌に載っていた化粧品、試してみたい」
理由をつけて、ポチポチと毎日のように何かを買っていました。
でも、届いて箱を開けるその瞬間がピークで、実際に使うかというと……「満足した気がしてそのまま放置」ということも珍しくありませんでした。
気づけば、宅配のお兄さんが毎日のように我が家に荷物を届けてくれる状態。
家族も最初は驚いていたけれど、だんだんそれが“日常”になっていきました。
物が増えすぎて「汚部屋」寸前に
洋服、靴、バッグ、本、雑貨、収納グッズ……。
どれも「必要だと思った」から買ったはずなのに、結果的には部屋のスペースを奪い、管理に追われる毎日。
私自身は決してズボラではないし、掃除も嫌いじゃない。むしろ「きれい好き」なほうだと思っています。
だからこそ、片付かない部屋を前にして、どうしたらいいのかわからなくなっていました。
収納雑誌やSNSで見かけるおしゃれな部屋に憧れて、可愛いかごやケースを買い足し、並べてみたけれど、現実はごちゃごちゃ。
何度も整理整頓にチャレンジしては、「また散らかる」の繰り返しでした。
当時、可愛い収納ボックスや藤のかごをいろいろ試してみました。
今思えば、【このシンプルな収納ボックス】に出会っていたら、もっと早く気づけたかもしれません。
震災と物への執着のはじまり
そんな私の暮らしを大きく変えたのは、2011年の東日本大震災でした。
私はその頃、東北に住んでおり、あの大きな揺れと混乱を肌で感じたひとりです。
あのとき、ライフラインが止まり、物が手に入らなくなる不安を初めて経験しました。
お店の棚から一気に商品が消え、電池や食料、生活必需品が一切手に入らない状況に……。
その体験が、私にとって「物への執着心」を強めたきっかけになったのは間違いありません。
「あると安心」「なくなったら困る」という気持ちから、「備えのために買っておく」行動がどんどん加速していったのです。
でも今思えば、それは本当に必要な物を選んでいたというより、「不安を埋めたい気持ち」が中心だったように思います。
収納では片付かなかった“心の中”
収納術も研究しました。
雑誌やYouTube、ブログなどを読み漁り、「きれいな部屋」に憧れて色々真似しました。
可愛いラベルを貼ったり、サイズをそろえた収納ケースを買ってきて、ひとつひとつ丁寧に分類したり。
それなりに達成感もありました。
でも、数日後にはまた物が溢れている。
結局、「右の物を左へ、左の物を右へ」動かしているだけで、根本的には何も解決していなかったのです。
「掃除が好き」と言っても、物が多ければ限界がある。
本当の意味での“片付け”は、「減らす」ことからしか始まらないんだと、ようやく気づきました。
私が心の整理を進めるきっかけになったのは、【この本『手放す練習』(著:しぶさん)】との出会いでした。
ミニマリズムに興味がある方に、そっとおすすめしたい一冊です。
物が幸せをくれないと気づいた瞬間
私が本当に苦しかったのは、物に囲まれていたことではなく、
「こんなに持っているのに、なぜ満たされないんだろう?」という感覚でした。
かつての私は、もっとシンプルに暮らしていました。
田舎育ちで、物はそんなに多くなくても、日々を楽しめていたはずなのに。
いつの間にか、「もっと、もっと」と欲しくなる自分がいて、
そのたびに心がどこかで疲れていたのです。
物が増えるほど、部屋も心も窮屈になっていく。
整理できていない部屋を見て感じる自己嫌悪。
買ったけれど使っていない物を見るたびに感じる罪悪感。
そしてふと気づきました。
「物は、わたしを幸せにはしてくれなかった。」
ミニマリストという選択
「じゃあ、いっそ減らしてみよう。」
そう思って、まずはキッチンの引き出しひとつから始めました。
「これ、使ってる?」
「似たような物が3つあるけど、ひとつでよくない?」
「壊れてるのに“もったいない”で捨てられなかった物、今後使う?」
最初は迷いましたが、数日たつとスッキリした空間が心地よく感じるようになりました。
そして、捨てることに罪悪感があったのは、「本当に自分を大切にしていなかったから」だと気づきました。
物を大事にするというのは、「必要な物を、必要な数だけ、丁寧に扱う」ということ。
今は買い物をするときも、「これは本当に必要?」「長く使える?」と考えるようになりました。
その結果、お金の使い方もシンプルになり、無駄な出費も減り、心の余裕が生まれました。
今では、毎日使うものこそお気に入りを選ぶようにしています。
たとえば【このタオル】は、肌触りが優しくて、毎回リピートしているほど。うちのタオル類はすべてこのシリーズです。
おわりに:物を減らすと、心が軽くなる
物がたくさんある=豊か、ではありませんでした。
むしろ、物を減らした今の方が、
自分の気持ちに素直で、日々に感謝できる暮らしになっています。
ミニマリストの暮らしといっても、極端に何も持たないわけではありません。
私にとってのミニマリズムは、「自分にとって本当に必要なものを見極める力」でした。
今、もしあなたが「なんだか心が疲れているな」と感じているなら——
まずは、小さな“ひとつ”を手放すところから、始めてみませんか?マリストへの道」の始まりです!
かこ

身の丈にあった生き方を始めたきっかけは?
