がんばりすぎて壊れそうだった、あの日の私
「どうして、こんなに疲れてしまうんだろう」
ある日の帰り道、ふとそんな言葉が心に浮かびました。
私はずっと「仕事ができる人」でいたかったのだと思います。
手を抜かず、期待に応え、役に立つ存在であること。
それが私にとっての“誠実さ”であり、“居場所を守る方法”でした。
気がつけば、自分に課していたルールは、どれもが「まじめさ」を土台にしていたように思います。
- ちゃんとやらないといけない
- 途中で投げ出してはいけない
- 人に迷惑をかけてはいけない
私は、がんばることが当たり前の人生を送ってきました。
けれど──
いつの頃からか、肩こりや胃の不調が慢性的になり、夜は何度も目が覚めるようになりました。
それでも「まだ大丈夫」と、自分に言い聞かせていました。
みんな頑張っている。自分だけが弱音を吐くなんて、と。
けれどある朝、目が覚めてもベッドから起き上がることができなかったのです。
体が重く、涙が勝手にあふれ、呼吸も浅くなっていて。
「これは普通じゃない」と、ようやく思いました。
心が、悲鳴を上げていたのでした。
まじめに生きすぎてきた理由
私は昔から、どちらかというと「手のかからない子」と言われていました。
自分のことは自分でする、空気を読む、まわりを困らせない。
そうやって生きてきたのは、「人に迷惑をかけてはいけない」と、どこかで思っていたからです。
学校でも、家でも、私は“いい子”であろうと努力していました。
叱られないように、期待されるように。
いつしか、誰かの顔色を伺って動くことが、私にとっての“普通”になっていたのです。
本当は泣きたかった日も、悔しかったこともありました。
でも、そういう気持ちを表に出すのは「わがまま」だと思っていました。
だから私は、感情を出すことをやめてしまったのだと思います。
そのまま大人になり、社会に出て働きはじめても、その「いい子気質」は変わりませんでした。
・頼まれた仕事は断らない
・遅くまで残業してでも、やりきる
・自分よりも相手を優先する
そうしていると、「あなたは本当に頼りになるね」と言ってもらえる。
その言葉がうれしくて、ますます“がんばる人”になっていきました。
けれど、あるとき気づいたのです。
私は「誰かに認められること」を、いつの間にか生きる目的にしてしまっていた、と。
そして、認められるためには“まじめでいるしかない”と、自分を縛っていたのだと。
まじめであることは、たしかに美徳です。
でも、それを「ねばならない」にしてしまうと、苦しくなります。
いつも誰かの期待に応えて、誰かのために動いて、自分のことは後回し。
そんな毎日を続けていると、気づかぬうちに、自分の心の声が聞こえなくなってしまうんですよね。
誰かの期待に応えること」がいつの間にか習慣になっていた私は、自分を後回しにし続けてきました。
そんな自分に気づいたきっかけについては、こちらでも綴っています。
👉 誰かの責任を負うことはもうやめたい|50代、心の荷物を下ろす勇気
“緩める”ことが怖かった私【救ってくれた3つの習慣】」
「もう少し、力を抜いてもいいのかもしれない」
そう思えるようになったのは、心が限界に近づいていたある日のことでした。
だけど、その一歩がとても怖かったのです。
「ここで手を抜いたら、誰かに迷惑をかけてしまうんじゃないか」
「私が休んだら、職場に穴があいてしまうんじゃないか」
「自分が我慢すれば、すべて丸くおさまるのに」
そんなふうに考えるクセが、しっかりと染みついていました。
だから、「自分を緩めること」は、私にとって“怠け”のように感じられたのです。
でも、あるとき友人に言われた一言が、私の心に刺さりました。
「まじめな人ほど、自分を後回しにするけど──それって、ほんとに“やさしさ”だと思う?」と。
その言葉に、私ははっとしました。
私は誰かのために生きてきたつもりでしたが、
本当は、「自分がダメにならないように」「評価を落とさないように」と、
怖くてがんばり続けていただけだったのかもしれません。
それから、私はほんの少しずつ、自分を緩めることを始めてみました。
最初に取り入れたのは、夜の過ごし方を見直すことです。
残業のあと、疲れた体でそのままソファに倒れ込むような毎日をやめて、
お風呂のあとにラベンダーのアロマを焚くようにしました。
それだけでも、心がすーっと落ち着いて、呼吸が深くなるのを感じました。
次に、おうちヨガを始めました。
SOELU(ソエル)というオンラインヨガで、朝5分のストレッチからはじめるだけ。
身体がほぐれると、不思議と気持ちまで整っていくんですね。
そしてもうひとつ、寝る前のハーブティー。
カモミールやルイボスの優しい香りが、1日の終わりに「おつかれさま」と言ってくれるようで。
それを飲むだけで、「今日もよくがんばったな」と思えるようになりました。
もちろん、最初からうまくいったわけではありません。
罪悪感がよぎる日もありましたし、「こんなことしてていいのかな」と不安になる日もありました。
でも、小さな“緩める習慣”を重ねることで、
少しずつ、自分にやさしくする感覚を取り戻していったのです。
🌿 がんばりすぎた心と体に、小さなごほうびを
まじめにがんばりすぎて、少し心も体も疲れてしまった…。
そんな時期の私を支えてくれた、ほんの小さな「癒し習慣」がありました。
今回は、実際に使ってよかったアイテムをまとめてご紹介します。
- 【SOELU(ソエル)オンラインヨガ】
朝5分からできるヨガ習慣。自宅で静かに呼吸を整え、心もゆるまります。
👉 SOELUをチェックする - 【ラベンダー精油+アロマディフューザー】
寝る前に香りをひと吹き。自然と深呼吸したくなる、やさしい香りです。
👉 アロマアイテムを見てみる - 【ノンカフェインハーブティー(カモミール・ルイボス)】
夜のリラックスタイムにぴったり。ほんのり甘く、体もぽかぽかに。
👉 ハーブティーを見る - 【グリシン・テアニン配合の睡眠サポートサプリ】
私の場合は、寝つきの悪さが軽減されたと感じました(※個人の感想です)。
👉 睡眠サプリをチェックする
自分を少しずつ緩めていくなかで、「暮らしの整え方」も見直すようになりました。
👉 50代、暮らしを整えるという選択|心と部屋がつながる感覚
“ちょうどいい働き方”とは?私が試した5つのこと
少しずつ生活に“ゆるめる習慣”を取り入れるようになって、
私はようやく、「がんばりすぎなくても、仕事はまわる」という感覚を持てるようになりました。
以前の私は、「まじめに」「一生懸命に」働くことこそが、美徳だと信じていました。
- 誰よりも早く出勤し、最後まで残る
- ミスをしないように、何度も確認する
- 自分の担当でなくても、気づいたら手を出す
もちろん、それが悪いとは思いません。
でも、「がんばりすぎること」が当たり前になっていた私は、
いつの間にか「がんばらない自分」を許せなくなっていたのです。
そんなある日、心療内科の先生に言われた言葉があります。
「“真面目すぎる働き方”は、燃え尽きやすいんですよ。
長く働くには、肩の力を抜くことも大切なんです」
私はそこで、初めて「ちょうどよく働く」という視点を知りました。
それからは、少しずつ働き方を見直すようにしました。
- 60点でもまずは提出して、後で直せばいいと考える
- 無理な引き受けは「一度持ち帰ります」と言う勇気を持つ
- 自分を犠牲にしなくても、周りと信頼関係は築けると信じる
不思議なことに、「力を抜くこと」を意識し始めたら、
心が軽くなっただけでなく、仕事の効率も上がってきたのです。
優先順位を考えて動けるようになり、
無理に背負い込まなくなったことで、周りとのコミュニケーションもスムーズになってきました。
私が少し余裕を持つようになったら、不思議と職場の空気も和らいだ気がします。
「あの人、最近いい表情してるね」
そう言われたとき、私は涙が出そうになりました。
がんばらなくても、人に認めてもらえるんだ。
そう思えた瞬間でした。
「いつも全力じゃなくていい」と思えるようになったのは、自分らしい暮らし方を見直してからでした。
▶︎ がんばらないと決めた日|50代からの自分らしい生き方
まじめさに疲れたあなたへ──心から伝えたいこと
もし今、あなたが
「もう疲れた」「何もしたくない」「がんばるのがしんどい」
そんなふうに感じていたとしたら──
どうか、無理に立ち上がろうとしなくても大丈夫です。
あなたは、これまで十分にがんばってきました。
真面目に、誠実に、誰かのために、一生懸命生きてきたのだと思います。
だけどそのやさしさが、強さが、
時にあなた自身を、深く深く追い込んでしまうことがあるのです。
私自身も、まじめすぎる性格が原因で何度も心をすり減らしてきました。
- 期待に応えようと無理をして
- 自分の感情を押し殺して
- 「私は平気です」と笑いながら、心の中では泣いていた
そんな日々を繰り返していたのです。
でも今は、少しずつこう思えるようになってきました。
「私は、まじめすぎなくても愛されていい」
「休むことは、負けじゃない」
「がんばらない選択も、自分を守るために必要なこと」
それに気づいたとき、私はようやく、
“自分の人生を取り戻す”一歩を踏み出せたような気がしたのです。
がんばりすぎていた頃は、心に余裕がなかった分、
他人にも、そして自分自身にも厳しくなっていたのだと思います。
でも、緩めることを許したら、世界の見え方が変わりました。
- 無理をしないからこそ、人にやさしくできる
- 自分を責めないからこそ、人の弱さを受け入れられる
- 小さな幸せに気づけるようになる
真面目でいることを手放すのは、勇気がいります。
でもその分だけ、心のしなやかさとあたたかさが戻ってくるのです。
だから、もしあなたがいま、心がちょっと疲れていたら──
どうか、自分にこう声をかけてあげてください。
「今日は、がんばらなくていいよ」
「まじめな私も素敵だけど、力を抜いた私も悪くないよ」
「ちゃんと幸せになっていいよ」
真面目にがんばるほど、ふとした時に孤独や心の疲れを感じることがあります。
▶︎ 50代、孤独と向き合う方法|年齢と共に変化する気持ち
そして、深呼吸をひとつ。
コーヒーでも淹れて、好きな音楽をかけて、
静かな夜をゆっくり過ごしてみてください。
あなたが少しずつ、自分を取り戻していけますように。
この文章が、そっと寄り添う小さなきっかけになれたらうれしいです。
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